心が揺れるのは生きている証

このブログは人生の転換期を迎えた私が、転換期とは知らず、もがき苦しみ、道の途中で新たな生き方&思考・新たな自分の構築を模索しながら生きてきた証です。(現在進行形)


懲りないね。

話の流れで、「私、あの人嫌いっていうか苦手。」と、私は言った。

そしたら、母が、こう返してきた。

「あの人、すごく感じが良いよ。そして、あの奥さんは、すごく利口だから~。
あの人を悪く言う人いないよ?誰からも聞いたことない。」



私:「(呆れながら)あのね~、お母さんや他の人たちは、そう思うかもしれないけど…、私は、また別だからね!!」

「確かに感じは良いかもしれないけど…私は、あの人苦手。なんか、上っ面で言ってる感じで…嫌いっていうか苦手。」



母は、自分が生きている世界しか見えていなくて…
そして、自分が正しいと思っていて、なおかつ自分の周りの人たちの意見と自分が同じだから、あなたの感じたことはオカシイと訴えてきたわけです。

しかし、それはオカシイと既知である私の心には刺さりませんでした。

なので、当然、“他人は他人で、私は私なんだよ!!”と反論して差し上げたわけです。
そしたら、両親が沈黙。

(正しい言い方じゃなかもだが、父も母の話に擁護系の言葉を挟んでたから沈黙したんだろうね。)



自分も周りの人も、こう言ってるんだから、あなたが感じて言っていることは、オカシイ(間違い)んだよ?って言ってくること自体が、オカシイんですよ。

笑っちゃいます(笑)

自分が生きている世界だけが、他人も等しく生きている世界なわけじゃないし、自分の視点から見えることだけが正しいわけじゃないですからねー。

(ジョハリの窓・オーラの階層・魂の年齢などで、生きている世界も見える視点も正しさも、変わる。)




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