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心が揺れるのは生きている証

このブログは人生の転換期を迎えた私が、転換期とは知らず、もがき苦しみ、道の途中で新たな生き方&思考・新たな自分の構築を模索しながら生きてきた証です。(現在進行形)


いつまで奪い続けるのか…

自分が気持ちよくいるために、他者の大事なものを奪っても構わないと思って生きられるなら、どんなにラクだろうと思う。

母のように。

娘の自尊心を奪っても、明るさを奪っても、人格を変えても…人生を壊しても、、
自分が気持ちよく居続けるためならば、ためらいなく際限なく奪い続けようと、隙あらば私に仕掛けてくる…愚か者。

おおかたの人間は、自分が気持ちよくいるためだけを考えていればいいなんて難しいから、悩んだり苦しんだりしているわけで、折り合いどころを探しながら一瞬いっしゅんを生きていることが殆どなのに…

それが、母には無い。=毒母





最近で、いつだったか、話の流れで、私を跪かせたいがために因果応報の話を母が出してきて、こう言った。
「因果応報って、本人に返ってこない場合、その子どもにまで返ってくると思うの。」

「私も、そう思うよ?」と返したけれど、どの口が、そんなことを言えるんだろう?

そもそも、母が私に言うこと自体が間違っている。
自分が悪いことをしてきたなんて、これっぽっちも母は思えないらしい。

むしろ、被害者面しているし、自分は悪くないと言わんばかりに、すすり泣くふりもする。

これが、境界性人格障害ですわ。

私から、奪い続けてきたものに対しての因果応報は、向こう30年近くかけて母に返ってくるだろうと思う。
私からなのか、他者からか両方からかは分からないけれど…それが、この世の法則の一つ。





因果応報、上等!!!と思って、私は生きている。

でも、母にはそれどころか、因果応報なんて他者にしか適応されないと思って生きている。

だから、母自身が散々、私から大事なものを奪って生きて来たのに、「因果応報って、本人に返ってこない場合、その子どもにまで返ってくると思うの。」なんて話を私に出せるのよ。

よりによって、私を跪かせたいがために。










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